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認知症介護のイライラを減らす パーソンセンタードケアとは
認知症の人はイライラしたり、怒ったり、介護を拒否することもあります。介護する側としては、穏やかに過ごしてもらえれば、介護する側もよりスムーズなケアが出来るでしょう。そこで、大切になるのがパーソンセンタードケアです。これは、認知症の人を個人として尊重し、本人の視点や立場に寄り添って行うケアのことです。介護する側・される側双方のイライラやストレスを減らし、認知症介護をよりよいものにするためにも、パーソンセンタードケアについて知っておきましょう。
認知症高齢者に寄り添うパーソンセンタードケアとは
パーソンセンタードケアは認知症の人を個人として尊重し、本人の立場に立って考え、介護を行おうとする認知症ケアの手法です。1980年代末にイギリスで提唱されました。同国ではそれまで、認知症になると「何もわからなくなり、何もできなくなる」という考え方が主流で、食事や排泄、入浴の介助を時間通りにこなすことが認知症ケアだとされていました。
しかし、近年、認知症の人たちが、自分自身の心の内について声を上げるようになり、認知症になっても内心では不安や困難、要望などを抱えていることなどがわかりはじめています。こうしたことから、「認知症の人は何もわからない、できない」というのは誤解であると認識されるようになってきたのです。
認知症になると、それまでできていたことが困難になったり、周囲の状況の理解が難しくなったりします。これは本人にとっては、戸惑いや不安を感じる異常な状態が一日中続いていることになります。また、認知症になっても感情やプライドがなくなるわけではありませんし、痛みや不快感もおぼえます。しかし、不安や不快なことを周囲にうまく伝えることができず、怒ったり、イライラしたり、パニック状態になるなど周囲からは理解しがたい反応や行動としてとらえられることが少なくありません。不安や不快を感じているのに、それを理解されずに、単にルーティンをこなすように介護されるというのは、本人にとっては大変つらいことです。
例えば、おむつをはずそうとする認知症の人がいたとします。本人としては、なんとか自分でトイレに行こうとしている、または皮膚がかぶれて不快だからなど、なんらかの理由があったとしても、それを介護者にうまく伝えられないのかもしれません。このような場合、以前は、自分でおむつをはずせないようにつなぎ服を着せるといったことがありました。これは、人としての尊厳を軽視することにならないでしょうか。
また、認知症の人を「何もわからない人」として、その人の内面に関心を寄せずにケアすることで、症状が進み、介護者の負担が増すこともわかってきました。本来、介護は介護される人の気持ちや要望に寄りそうものであるべきです。そうあることで、認知症の症状が落ち着き、本人も穏やかに過ごせるでしょう。そうしたことから、パーソンセンタードケアは2000年代初頭からイギリスの認知症ケアに取り入れられるようになったのです。
認知症の人の立場から状況を見る
認知症の人は周囲から見ると、理解しがたい行動をすることがあります。また、認知症の人がみんな同じ行動をするとは限りません。同じ出来事に対して人によって反応や行動が異なることはよくあります。認知症の人の行動は、認知症の原因となる脳の障害だけに影響されるのではなく、他にもいくつかの要因がからみ合い、その人なりの行動にあらわれるのだと考えられています。
パーソンセンタードケアでは、認知症の人の行動は、その原因となる脳の障害を含め、次の5つの要因が相互に関連するとしています。
・脳の障害:見当識障害、記憶障害、実行機能障害、判断力・理解力の低下などによる「新しいことが覚えられない」「現在の環境や自分のことを認識できない」などの症状
・体の健康状態:既往症、薬の副作用、視力や聴力の低下など
・性格:内向的か社交的か、集団行動が苦手、協調性があるなど、人によって異なる
・生活歴:生育歴や職歴、趣味、習慣、好き嫌い、生活してきた地域など
・周囲の環境:家族、親戚、介護者など周囲の人との関係性、暑い・寒い、静か・騒々しいなどの物理的な環境
一見問題とされる行動でも、本人の立場に立ってみることでその理由がわかることが少なくありません。認知症の利用者一人ひとりのこれらの要因を把握しておくことは、その人の行動の理由を知る手がかりとなります。これらの要因を手がかりに分析するとその理由がわかることも多く、対処法も見えてきます。
例えば、いつも夕方になると家に帰ろうとする利用者さんの場合、長年大家族で主婦をしてきたという生活歴がわかれば、家族の食事の世話が気になっているのかもしれません。そんな分析ができれば、無理に外出を止めるのではなく、どのような声がけをすればいいか考えるのに役立ちます。
心理的ニーズを満たし、本人に寄りそう
行動の背景を知ることに加え、認知症の人の気持ちに寄り添う、つまり心理的ニーズを満たすことも欠かせません。パーソンセンタードケアでは、心理的ニーズを次の5つの要素に分類し定義しています。
・自分らしさ(Identity):自分が自分であること。その人が、どのような人生を積み重ね、どうしたいのかを思い出し、生きがいを持って暮らすこと
・結びつき・愛着・こだわり(Attachment):例えば、家族や友人と会う機会を設けるなど、絆や結びつきを保つこと。不安なときに、親しい人や過去に暮らした場所など愛着のある人や場所との絆や結びつきは安心感を与えてくれます
・くつろぎ(Comfort):不安を少なくして、安心してやすらげること
・共にあること(Inclusion):認知症の本人が疎外感や孤独感を持たないように、人に受け入れられ、一緒に楽しめるような環境や対応
・たずさわること(Occupation):残っている本人の能力を活用して、本人が自主的に何かを行うこと。自分でできることをする、社会活動や趣味の活動に関わるなど
認知症の人の人格を尊重し、穏やかに過ごしてもらうには、これらのニーズを念頭にケアや対応をすることが大切です。ただし、ニーズは人により異なります。利用者それぞれのニーズを適切に把握するには、認知症の人の行動に関わるこの5つの要素が手がかりになるでしょう。
パーソンセンタードケアはその人の存在自体を受け入れること
パーソンセンタードケアを実践することは、心身の状態のみならず、性格や生活歴など、本人そのものを知ろうとすることと、本人の心理的なニーズを理解し満たすことです。それは、認知症の人にとって、自分の存在自体を受け入れてもらうことでもあり、介護する側・される側のストレスを減らし、信頼関係の構築につながるのではないでしょうか。