介護現場におけるハラスメント問題対策マニュアル

介護老人福祉施設や認知症対応型のデイサービス施設などにおける、ハラスメントが問題視されています。利用者やその家族などから身体的暴力や精神的暴力、または性的ないやがらせを受けたことがある介護スタッフの割合は、6割前後に達しているのです。(厚生労働省公表「介護現場におけるハラスメントに関する調査研究報告書」より)

近年、なぜこのようなハラスメント問題が取り上げられるようになったのでしょうか? これまでは、利用者から暴力やセクハラ行為を受けても、本人がひとりでがまんしたり、相談相手によって対応が異なったりといった傾向にありました。

本格的な高齢化社会を迎えた日本では、要介護者の激増とともに介護人材の不足が深刻化しています。これからは、介護職の質を高め、若い世代や女性が不安なく介護の仕事に就きたくなるような魅力を創出していかねばなりません。介護業界においても、より安心して楽しく働くことのできる職場の環境整備が必要不可欠であると認識されはじめています。

厚生労働省は2019年3月に、三菱総合研究所の協力のもと「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」を発表しました。ハラスメント対策に苦慮していた介護事業者への対応の指針をマニュアル化して、改革に乗り出しています。

今回は、同マニュアルの概要を読み解き、どうしたら介護現場でのハラスメントがなくなるのかについて考えてみましょう。

ハラスメントの実態とは?

介護の現場においてのハラスメントは、大きく下記のように分類されます。

1.身体的暴力

たたく、蹴る、引っかく、つねる、突き飛ばす、服を引きちぎる、ものを投げる、唾(つば)を吐くなどの身体に直接ダメージを与えようとする暴力。

2.精神的暴力

大声で怒鳴る、威圧する、他人のサービスに関与してくる、スタッフを差別していやがらせをする、サービスの手順や内容に執拗(しつよう)にクレームを繰り返す、利用料金の支払いを拒否する、ミスや不手際に対して過度の謝罪や土下座などを要求するなどの、個人の尊厳や人格にダメージを与えようとする暴力。

3.セクシュアルハラスメント

手や腕をむやみにさわる、抱きしめようとする、ヌード写真を見せる、入浴介助中に性的な話をする、下半身をわざと露出するなどの、性的ないやがらせ行為。

認知症患者は、感情失禁といった症状から暴力をふるってしまうことがあります。また、男性利用者は高齢とはいえ体格が大きく力もあるため、介護者が思わぬけがをしてしまうケースが少なくありません。前出の厚生労働省調査によると、ハラスメントを受けてけがや病気になった現場スタッフは1~2割、仕事を辞めたいと感じたスタッフは2~4割におよびます。

ところが、このようなハラスメントの実態を、経営・運営側である介護事業者が把握していない、あるいは、把握しようとしているが十分に把握できていない傾向にあるのです。

介護の現場では、利用者やその家族によるハラスメントから介護スタッフをしっかりと守ってほしい、リアルタイムで事業者側から明確な指示をしてほしいという声があがっています。現場と事業者間に温度差が生まれているのが事実なのです。

事業所は改善に向けてどう対応していくべきか?

事業者には「お客様(利用者)は神様」という旧態依然とした感覚がまだ残っていて、ハラスメントへの対応にも、ことを荒立てない「まあまあ主義」が横行しています。現場の介護スタッフに対して「仕事なんだから」「介護技術が未熟」「スキがあるほうがいけない」といってがまんや許容を強いるというケースもあるのです。

このような現状を改善するためには、事業者には下記のような問題提起が必要です。

  • ハラスメントが起きるリスクを察知する体制はあるか? 再発防止を検討する体制はあるか?
  • 特定の介護スタッフが特定の利用者を長期間担当するような配置はしていないか?
  • 男性利用者には男性スタッフ、女性利用者には女性スタッフを配置する試みはあるか?

ハラスメントが起きた際には、事業所の責任者、利用者のケアマネージャー、必要であれば主治医、および行政(保険者)へのスムーズな連絡相談体制による情報共有も必要です。

今後は、ハラスメントを受けたスタッフと利用者、家族の間に立って、トラブルが感情的に増長しないように解決する、専門的な研修を受けたスタッフの育成、配置も必要といえるでしょう。

残念なことに、これら体制づくりに取り組んでいる事業者は半分に満たないというのが現状です。

どうしたらハラスメントはなくなるのか?

介護事業者が、ハラスメントに対する基本的な定義、考え方やその対応方針をはっきりと示すことが必要です。「利用者によるハラスメントは組織として絶対に許さない行為であり、契約解除の対象にもなりうる」という強い姿勢を打ち出すのです。

また、現場スタッフから相談や報告を受けたときに、事業所管理職のだれが受けても即座に同じ対応ができるような体制を構築します。同時に、ハラスメントを未然に防ぐために、現場の意見を取り入れた対応マニュアルの作成を推進するとよいでしょう。

作成したマニュアルをきちんと機能させるために、事業者内の体制について、下記のような項目も確認しましょう。

  • 事業者にハラスメントに対する対応意識が確立されており、その意識が全スタッフに共有され、働きやすい環境になっているか?
  • 相談窓口が、問題発生後すぐに報告や相談ができるシステムになっているか? ハラスメントの予兆、雰囲気がある場合にも報告や相談をしやすくなっているか? セクハラ問題のように、同性のほうが相談しやすいケースにそなえ、相談者が女性の場合は女性担当者を適宜用意できる体制があるか?
  • リスクマネジメントの観点からの情報共有がすみやかに行われるようになっているか?
  • 介護ヘルパーは、介護福祉士といった国家資格が必要な仕事であり、家政婦やお手伝いさんではないこと、介護事業所は利用者の自立支援や生活サポートをするために、国の制度で運営されている保険事業であることを、利用者に啓蒙する努力をしているか?

 

参考:

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