介護業務改善
パーソン・センタード・ケアが創る新しい認知症ケアの世界
「パーソン・センタード・ケア」という言葉をご存知ですか?
英語でPerson-Centred-Careと表記されるこのワードは、1990年代にイギリスの臨床心理士トム・キッドウッドによって発案、提唱された認知症ケアの考え方で、ひとりひとりの人間性に向き合い、しっかり寄り添い、まさに人が中心のケアをしようというものです。
「脳の病気」と決めつけられていた認知症の対応には、対症治療を行うことが先決という医療的な考え方が主流でした。パーソン・センタード・ケアという考え方の出現で、認知症の原因・進行は、脳が病変していくということだけではなく、さまざまな個人の人生が要因としてかかわって起きているのではないか、という見解が付加されました。その結果、人を中心にした介護=パーソン・センタード・ケアの理論が生まれ、患者の言動などの情報をデータ化して、それに基づいた効果的な介護をしていくという認知症ケアマッピング(DCM)の介護手法が生まれたのです。
ちなみに、最近脚光を浴びている「ユマニチュード」とはフランスで生まれた認知症ケア技術で、このケアの考え方は「見る」、「話す」、「立つ」、「触れる」などのフィジカルなアクションを通して認知症を改善していこうという介護技法であり、パーソン・センタード・ケアとは似て非なるものです。
パーソン・センタード・ケアの5つの要素とは?
キットウッド博士は、脳の病変だけではなく、フィジカルなコンディションの低下(たとえば筋力や視る・聴くなどの能力低下)、性格傾向や行動パターン、周りに関わっている人間関係などの要素が影響しあって認知症を形成していると考えました。そして導かれたものが、パーソン・センタード・ケアの概念です。
このパーソン・センタード・ケアには、「パーソンフッド(personhood)」とよばれているコンセプトの核を構成する大切な5つの要素があります。
- Comfort(やすらぎ)
- Identity(その人らしさ)
- Attachment(心の絆)
- Occupation(役割)
- Inclusion(共生)
人は、上記の5つの心理的な要素が満たされると、愛情という包括的なニーズが満たされ、自分が周囲の人に受容され尊重されていると感じ、心理的に落ち着いた良い状態(well-being)になれるとされています。逆に、このような要素の心理的ニーズが満たされない場合には、行動障害や、無気力、苦痛などが生まれ、さまざまなネガティブな行動が現れるとのこと。
つまり、認知症患者も、サポートによってこれら5つの心理的な要素を満たすようにすれば、病状の進行度合いに関わらず良い状態を保つことができる可能性が高いということなのです。
認知症ケアマッピング法(DCM法)とは?
さて、このパーソン・センタード・ケアを実践する介護の現場では、もっと具体的な手法が必要になります。そのために生まれたものが、認知症ケアマッピング法(Dementia Care Mappingの頭文字を取ってDCM法とも表記)です。
DCM法とは、6時間以上の連続した時間を、5分刻みで対象者の行動を詳細に記録(マッピング)していくというものです。
マッピングでは、本人がどのような日常生活動作(食べる、歩く、話す、自分からは何もアクションしない)をしたかを記録し、その行動状態についても、良い状態(リラックス、笑う、人に何かしてあげようとしているなど)から悪い状態(怒り、無関心、ひきこもりなどの状態など)まで6段階に設定された数値で表現します。また、周りにいる介護スタッフなどとのかかわりが、個人の価値を高めるもの(PE=受容、協力、話すなど)だったか、低めるもの(PD=ごまかし、無視、決めつけなど)だったかなどの状況も記録します。
データを集計・分析してみると、その人がどのような時間にどのようなことをし、どのような状況において良い状態(well-being)だったか、悪い状態(ill-being)だったかということが判明します。つまり、どのようなケアを受けて、どのように過ごしたかが理解できるため、次回の現場のケア、利用者への対応に活かしていけるのです。
このDCMの手法は、観察・記録、データの集計分析、フィードバック、より良いケアができるための行動計画立案、実践などの従来の介護計画のアセスメントの作業、プロセスをそのまま流用できるものなので、施設介護の現場などで導入しやすいといえるでしょう。
パーソン・センタード・ケアは今後介護の現場でどう活かされる?
パーソン・センタード・ケアは、イギリスではすでに高齢者への介護サービスの基本的な概念としてとらえられており、その輪はヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアなど全世界に広がっているといわれています。
日本においては、介護の現場で認知症の利用者の方々の生活パターンや行動、感情の起伏などを細かく観察し、記録に残して次のケアに活かしていくことは、あたりまえの作業と感じられる場合が多く、パーソン・センタード・ケアとDCM法についてなかなか深くは理解されにくいという傾向があるようです。
しかし、100人の認知症の人には100通りの複合的な要因があり、現場ではそれをしっかりと把握して個人の尊厳を守り、パーソナルなサービスを提供するために真摯に対応していく、という方法論を深めていかなくてはいけない時代を迎えています。施設などにおいても、パーソン・センタード・ケアの概念を多くの関連書籍などを通してよく理解し、DCMの講習への参加なども経て、認知症の利用者のケアに積極的に実践していくということが今後は必要になっていくでしょう。
参考: